幸せを勝ち取るには、不幸に耐えることよりよっぽど勇気がいる

この言葉を聞いた時、僕は体中に何か衝撃が走ったような感覚がありました。

今回の記事では僕なりの解釈を交え、この言葉の意味を書き綴っていきたいと思います。

幸せとはなにか?

この『幸せを勝ち取るには、不幸に耐えることよりよっぽど勇気がいる』という言葉は、
2004年に公開された映画『下妻物語』の中での1シーンで使われた言葉です。

僕はまだこの映画を実際に見てはいないのですが、
この言葉を聞いただけでその意味の深さを感じさせる、
僕にとってとても大事な言葉になりました。

 

そもそも幸せって何なのでしょうか?

僕たち人間は日々生きている中で、色々なものを見、手にし、感じています。

この世にあるものは全て事実として存在しているだけで、それに意味づけするのは僕たち人間です。

そして、それによって幸せな人と不幸な人に分かれてしまう。

同じ空の下で住んでいても、同じ空気に触れていても、同じ政治家の統治下で生きていても。

僕たちはなぜか、その二つに分かれてしまうんです。

そしてなぜか、多く存在するのは後者の人たち。

これほど恵まれた日本という国に生きているにも関わらず
そういう現状があることから、僕はこの言葉の意味に強く共感したのです。

不幸になる方がよっぽど簡単ではないか

幸せ 不幸

僕は今、とても幸せな毎日を過ごしています。

これはもう、自信を持って強く言うことができる事実です。

でも、僕にも幸せじゃない時期がありました。

食べる物も仕事もあり、家族も友達も恋人もいたのに、です。

じゃあなぜ僕は不幸だったのか。

その理由は簡単で、

その時の現状に満足し、前に進むことを放棄していたから。

つまり、変わらなくてもいいと思っていたのです。

食べるものも飽きるほどあり、休みの日には旅行もできた。

そんな当時の生活に、僕は満足していたんです。

しかし、たとえ自分は変わらなくても、世の中は勝手に変わっていきます。

僕はその生活を維持しようと生きていましたが、
周りの人は次々と、自分の力で人生を変えていっていました。

自分は変わらない、でも周りは変わっていく。

そんな状況に僕は息苦しくなり、うまくいっている人を批判しては、自分を正当化していました。

つまり、自分が成長することを放棄したことによって、僕は不幸になったのです。

幸せを掴むよりよっぽど簡単な、”何もしない”という選択をしたことによって。

自分が動かなければ幸せは掴めない

幸せ 不幸

過去の僕がそうだったように、世の中のほとんどの人が不幸を嘆いているような気がします。

もしくは不幸ではなくても、”幸せではない”といった感じで。

 

でも。

 

その状況を作っているのは他でもなく、自分自身しかいません。

なぜ不幸なのかといえば、自分がその場から抜け出そうと行動を起こさないからです。

僕は、その人たちの気持ちが痛いほどわかります。

現状を変えるのは怖いですし、失敗してまで変えようとはなかなか思えません。

大切なものを失ってしまうのではないかという恐怖もありました。

ですがこの記事のタイトルのように、
幸せを勝ち取るには、不幸に耐えることよりよっぽど勇気がいるんです。

つまり逆を言えば、不幸になるのは幸せになることよりよっぽど簡単なことなのです。

変わるための行動を起こさなければ楽だけど、幸せにはなれない。

行動を起こせば辛いこともあるけれど、幸せを掴むことができる。

挑戦するより何もしない方がずっと、リスクがあるのではないでしょうか。

僕はビジネスに挑戦しようと思った時、
簡単に不幸になることを選ばなくてよかったと、心から思っています。

最後に

幸せ 不幸

僕はまだまだ理想の人生を掴んだわけではないですが、
これからも常に変わり続け、成長していこうと思っています。

”現状維持は劣化”という言葉もあるように、
ずっと変わらず同じ自分でいたら、幸せは遠ざかってしまうからです。

 

現代はこれだけインターネットが普及し、知らない間にどんどんと世界のシステムが変わっています。

自分が変化しなくても生きてはいけますが、
より良い人生を送るために、人は変わり続けるべきだと僕は思います。

 

幸せを勝ち取るには、不幸に耐えることよりよっぽど勇気がいる

 

僕はこれからも、幸せになる勇気を常に持ち、生きていきます。