日本の現代社会ではまだ、自由に生きているということに対して否定的な考え方の人が多いです。

自由に生きている人を叩いたり、自分勝手だと罵ったりすることも多々ありますね。

今回は、そんな自由と自分勝手の違い、
そして胸を張って自由に生きていくコツについて、僕なりの考えを綴っていきたいと思います。

 

自由に生きるのは悪いこと?

インターネットの普及により、
現代は個人が輝くことができる時代へと大きく変貌しました。

会社に雇われずとも自分の力で稼いだり、
自分で生み出したサービスを人に提供し、それをお金に変えている人も多く存在しています。

しかし未だに日本では、
そういった自由な人たちが受け入れられにくい状況があるのもまた事実です。

皆で協力し合うことが美徳とされる日本において、
周りと違うことをするというのは多くの反発を受けてしまうのです。

でもそれは、当然のことなのかもしれません。

なぜなら僕らは小さな頃から、
あまり変わったことはしないように、
常識というレールから外れずに生きるようにと教育を受けてきたからです。

こんな教育を受けてきた僕たちは、
自由に生きるということを自ら進んで手に入れようとすることはありません。

皆と同じでないということは自分勝手なことである
と、勘違いしているがために。

日本とは違う文化に触れて

先日僕は、東南アジアのベトナムという国に行ってきたのですが、
そこでこの自由と自分勝手の違いについて、色々と考えたんですね。

まずベトナムという国の中で、交通ルールを守るという意識はほぼありません。

これまで僕は東南アジアの色々な国に行ってきたのですが、
どの国でもこういった状況はほとんど変わらないですね。笑

いわば、東南アジア特有の文化だとも言えます。

果たしてベトナムの人たちのこういった行動は、自由と言えるのでしょうか?

僕はこれらは”自由”ではなく、”自分勝手”な行動であると考えました。

自由と自分勝手の違い

僕が考える自由とは、『責任を伴うもの』だと思っています。

パソコン一台で自由に稼ぎ、
好きな時に好きな場所で仕事をする自由というのは、
決して自分勝手に行動する人に務まる仕事ではありません。

そういった自由を求めてネットビジネスに興味を持ったとしても、
僕は参入することをお勧めすることはないでしょう。

お金を稼ぐというのは本来価値を提供することであり、
自分の行動や発言、そして自分自身が社会に必要とされていなければならない。

だから僕は、自由に仕事をするというのは
責任を伴うもの』だと考えているのです。

もしも会社に雇われているのだとしたら、
与えられた仕事のみをこなすことが務めなのかもしれません。

でも自分の意思で自由に仕事をするということは、
誰かに与えてもらうのではなく、自分で価値を生み出す必要があるのです。

交通ルールを無視して自分勝手に行動していても、
誰もそんな人を必要とはしないし、そこに価値など感じないはず。

自由と自分勝手が混合されてしまいがちな日本という国において、
それでも自由を求めて生きる人たちの姿に感動を覚え、
自分もそうで在りたいと決意し、僕は今ある生活を手にしたのです。

胸を張って、自由に生きよう

自由 自分勝手 違い

先ほどもお話したように、現代はインターネットの普及により、
誰でも自由に仕事を生み出すことができるようになりました。

農耕民族の日本人にとって、
自由に生きることにはまだまだ根強い反発もありますが、
それでも僕は胸を張り、自由に生きていこうめています。

そのためには僕という存在が多くの人に必要とされなくてはいけないし、
社会に価値を還元していかなければなりません。

自由に生きるというのは大きな責任を伴うことですが、
それでも僕は、自由という生き方が大好きです。

自分の意思で、仕事をする時間も場所も、そして付き合う人も決められること。

自分の存在によって、誰かの人生に良い影響を与えられること。

自分の人生をもっと良くしたい、
そして関わる人たちを幸せにしたいという気持ちが少しでもあるのなら、
僕は胸を張って自由に生きるという選択をすべきだと、考えます。

働き方や生き方の常識が、猛スピードで変化していくこの時代。

過去の常識に縛られて生きていくのか。

それとも胸を張って自由に生きていくのか。

どちらも選ぶことができる、そんな幸せな時代に生まれた僕たちは、

自由に夢をもち、
そして、
自由に人生を歩んでいきたいですね。