ボクサー 引退後

僕はプロボクサーとして、17歳から23歳までの期間を過ごしてきた。この時は何も考えることなどなかったが、ボクシングという競技を引退し、スポーツの世界を離れてから、人生においての選択がいかに大切なのかを感じるようになった。

そこで今回は、ボクサーから起業という決断をした僕が今感じていることを、主にボクサーやあらゆるアスリート、または何かに挫折して迷っている方に向け、つらつらと書き綴っていきたいと思う。

ちょっと長くなってしまったが、ぜひ気楽に読んでいただきたい。

ボクシングをやると決めた日

ボクサー 引退後

僕がボクシングをやると決めた理由。それは、小学1年生の頃からプロを目指してやっていた野球を、高校1年の時に挫折したことがきっかけである。

それまでずっと野球しかやってこなかった僕は、そこで全てを失ったような感覚に陥った。
(今思うと、たった16年しか生きていないガキが何を偉そうに語ってるんだという感じだが…笑)

でも本当に、人生の目標がなくなった感覚は今でも鮮明に覚えている。毎日放課後にカラオケに行っては、銀杏BOYZやRADWIMPSなどの青春メロディを歌いまくり、家に帰れば、夢も目標も何もない自分に嫌気が差していた。

僕は高崎線という路線に乗って高校に通っていたのだが、その線路沿いから毎日見ていた光景がある。

それは『小さなボクシングジム』。

憂鬱な毎日を送る僕の目に映ったその光景は、それまでの単なる小さくて古びた建物とは打って変わって、キラキラと輝く建造物に見えるようになっていた。

プロボクサーって怖いと思った

ボクサー 引退後

それから数日後、僕はそのボクシングジムの門を叩いた。

ちなみに僕はこの瞬間から、プロボクサーになろうなどと思っていたわけではない。何かに夢中になりたいとは思っていたけれど、リングの上で殴り合うなんて考えただけで恐ろしくて、『とりあえず運動をしたい』くらいの気持ちだったと思う。

ご存知かとは思うが、ボクシングとは男同士が裸で殴り合う(パンツは履いている)、常識的に考えたらあり得ないスポーツである。

『ボクシングをやるなんて本当にすごいね…。』と今でもよく言われるが、自分でも『本当によくできたな、当時のおれ…。』と思っているくらいだ。

でも僕は、なぜだかすごく夢中になっていた。毎日学校が終わればジムに向かい、あれほど怖がっていた『殴る』という行為を、ごくごく自然に行っていた。口喧嘩すらあまりしたことのなかった僕が、である。

今思うとそれは、『殴る』という行為が好きだったわけではなく、『もう一度夢ができた』という嬉しさからだったに違いない。野球を辞めてから毎日遊んでいて楽しかったけど、夢も目標もない人生なんて全然つまんないじゃんかと、僕は薄々気づいていたから。

念願のプロデビュー

ボクサー 引退後

ボクシングジムに通い始めてから8ヶ月くらいたった頃、僕は会長から『プロテスト受けるか?』と言われた。

『おれがプロボクサー…?』

全然実感が湧かなかったけれど、二つ返事で『はい!』と答えた。

結果は、不合格だった。

プロになることの厳しさは知っていたはずだが、悔しくてたまらなかった。

だから僕はすぐにジムに戻った。人生の目標ができたから、毎日の厳しい練習なんて苦じゃなかった。

するとその数ヶ月後、再び会長からプロテストのチャンスをもらった。

そのチャンスを僕は、しっかりと結果で返した。

そう、プロボクサーになったのである。

ボクシングを始めて1年でプロになり、その3ヶ月後にはプロデビューも果たした。

会長からも期待されていたし、僕のボクシング人生は輝かしいものになると信じていた。

デビューから4連敗

ボクサー 引退後

そんな僕のボクシング人生のスタートは、散々なものだった。1年の間で4試合をこなし、全て負けた。

もはや試合に負けて悔しいという感情よりも、情けなさや恥ずかしさの方が遥かに勝った。

だって4度も連続で、一対一の闘いに負ける姿を大勢の友達や身内の前で露出してしまったのだから。

僕にとってそれは、とても屈辱的だった。

最後の試合は3月で、その時はすでに大学進学が決まっていた。

東京に引っ越すから、通っていたジムも辞めなければいけない。となったら、ボクシング自体も辞めるべきなのか。

『さすがに4連敗もしたのだから、ボクシングなんてもう諦めよう』。そう思った。

でも、何か心のどこかに残る後悔の念。本当にやり切ったのかと言われればそうでもなく、これからの人生どうするのかと問われれば、何一つ目的がない。

僕の決断は早かった。

『大学に行ってもボクシングを続けよう』。

そう心に決め、僕は『白井・具志堅スポーツジム』に移籍した。

ハイレベルの環境の中で

ボクサー 引退後

経験ある方も多いと思うが、大学に入学すると、色々なサークルの勧誘をされまくる。『飲みサー』と呼ばれるよくわからないサークルであったり、『燻製愛好会』という興味深いサークルもあった。

ちなみに僕は、『写真部』の新歓コンパにだけ参加した。どうしても『THEサークル!』って感じの雰囲気が苦手で、落ち着いた雰囲気がいいなと思っていたから…。

結局僕はどのサークルにも属さず、ボクシングに打ち込む大学生活を選択した。華のキャンパスライフはその時点で、THE ENDだった。

話をボクシングに戻そうと思う。

『白井・具志堅スポーツジム』には、そうそうたるボクサーが多数在籍していた。日本チャンピオンはもちろん世界チャンピオンもいたし、これから世界に挑戦する選手もいた。その中で僕は、プロの厳しさを知った。

『今までの自分がどれだけ甘かったのか、うまくいく人はなぜうまくいくのか』

初めて高いレベルの中に身を置いた時、このままの自分じゃダメだと思った。

大学生活、バイト、そしてトレーニング。この3つをこなしていく中で、優先順位をつけなければならないと思った僕は、全てをボクシングに注ぐことを決めた。

周りがキャーキャーと騒いでいる中で、僕は講義を終えたらすぐに帰宅した。最初は頻繁に飲みに誘ってくれていた友達も、次第に『あいつはノリの悪いヤツ』みたいな感じで、もはや誘ってくれることもなくなった。

ボクシングは手段に過ぎなかった

ボクサー 引退後

あまりボクシング生活のことばかりを書いていてもつまらないと思うので、僕がボクシングから学んだことを最後に書いていこうと思う。

先に結論を言ってしまうとそれは、

『ボクシングは人生を良くするための手段に過ぎなかった』

ということだ。

最終的に僕は、プロボクサーとしては大した成績を残していない。B級と呼ばれる資格(6Roundの試合ができる資格)までは取ったけど、『それがどうした?』って感じのレベルである。

でも一つだけ自信をもって言えることが僕にはある。それは、

『あの時、自分の夢に正直に全力で向き合って本当によかった』

ということ。本当にこれに尽きる。

全力でやったからこそ出会えた人、全力でやったからこそ持てた仲間、全力でやったからこそ応援してくれた人。

僕にとってこの人たちは宝物であり、今のシゴトにも大きな影響を与えてくれている。

何かに頑張っている時は、それが将来どのように繋がるのかなんてわからないと思う 。僕も当時はそんなことわからなかったし、ひたすらトレーニングに打ち込んでいた。目の前に光なんて見えなかった。

でも、この『頑張れる力』や『続ける力』はどんな分野でも絶対に必要な力だと、僕は今になって確信している。『ボクシングで結果を出すこと』が人生の目的なのではなく、『ボクシングによって人生を良くすること』が目的なのだから。

だから、結果は出なくてもあの時本気で頑張ってよかったなと、僕は心から思う。

誰かが喜んでくれるということ

ボクサー 引退後

僕は今でも時々、『ボクシングをやっていてよかったな』と思うことがある。

ほとんどが辛く苦しい思い出だけど、やっぱりこの思いだけは今でも強く心に残っている。

それは、

『人が喜んでくれたから続けることができた』

ということだ。

綺麗事でもなんでもなく、ボクサーなんてお客さんがいなけりゃその存在価値はない。いくら強くても、チケットを買ってくれる人が一人もいなければ、誰もその存在に気づくことすらない。

つまりは『ボクシングが強いこと』ではなく、『人を喜ばせる手段としてボクシングが強いこと』が大切なのであり、技術やパワーは二の次なのだ。

もちろん、勝つということがプロとして一番求められること。そこを抜きにしてプロボクサーを名乗ることはできない。

でも、

たとえ負けたとしても、お客さんの心に強く残る選手。ボコボコにされたとしても、多くのファンから愛される選手。

僕は今になって、『こんな人間であることが人生において一番大切なことなんだ』ということを、ボクシングから学んでいたことに気がついた。

起業して気づいたこと

ボクサー 引退後

そして僕はボクシングを引退し、今はこうして起業している。

自分自身の存在で、誰かの人生に大きな影響を与える人になりたい。それが僕の理想的な生き方であり、人間像だ。

プロボクサーの時には、僕が頑張ることで誰かが喜んでくれた。

『感動したよ!』と言ってくれた。

僕が闘う姿を見て、涙してくれる人もいた。

勝ちよりも負けの方が多かった。でも、罵声よりも声援の方が多かった。

僕がボクシング生活で一番思い出に残っているのは、プロテストに受かった時でも、試合に勝った時でも、具志堅会長に初めて会った時でもない。

『勇気をもってリングに上がり、4連敗もしたけどボクシングを辞めなかったこと。誰かの心に少しでも感動を与えられたこと。』

僕にとってこれこそが誇りであり、そしてこの思いは起業した今現在も、一番大切にしている信念である。

ボクサーの第二の人生は輝いている

ボクサー 引退後

ボクサーの多くは、引退後になかなか仕事が見つからず、生活が苦しくなってしまう。

僕自身もそんな時期はあったし、夢も希望もない時期が長らくあった。

でも考えてみてほしい。

あれだけ長い時間苦しいトレーニングをし、食べるものも我慢して、たった数十分の試合に臨む。

大勢のファンの前で、死ぬかもしれない恐怖と立ち向かう。

一瞬で負ける時もあれば、豪快に倒して勝つ時もある。

負ければずっと悔しさが残り、勝ったとしてもその喜びは一瞬で、またすぐに厳しいトレーニングが始まる。

これらに耐えられた人間が、第二の人生でうまくいかないわけがない。そうは思わないだろうか。

ボクシングは目的ではなく、人生を良くするための単なる手段。

『ボクシングで結果を出した』ということではなく、『ボクシングによって人間として成長した』といえること。これが一番大切なんじゃないかなと僕は思う。

ちなみにこれは、ボクシングだけに当てはまることではなく、どんなスポーツにもどんな仕事にも共通している。

先が見えない時や不安に襲われた時、そんな時に、いかに全力を尽くすことができるか。

あなたが何かに頑張った経験は、必ずこの先の人生で活きてくる。

人生はどこからでも変えられるし、もしも今まで頑張ったことがないのなら、第二の人生で頑張ればいい。

僕自身がそれを僕自身の人生で、証明していこうと思う。